医療心理学・行動医学に関するネットワーク

平井 啓

研究活動

慢性疾患の患者、主としてがん患者を対象として、①QOL・心理的適応の評価と、②行動変容のための心理・行動科学的メカニズムの解明、ならびに③心理・行動学的介入方法の開発と、④その普及に関する健康心理学・行動医学的研究を行ってきました。この中でも特に、「Quality of Life: QOL」の評価とそれを基にした「意思決定」・「行動変容」・「認知変容」による心理的適応の維持・向上を研究のコア・ディスプリンとしています。現在では、このコア・ディスプリンを使って、社会の仕組みに実装するために行動経済学的アプローチも導入し、より「意思決定」にフォーカスした研究の実施と「意思決定支援」のための具体的方法の開発につなげていきたいと考えています。さらに、ブランディングやマーケティングといった分野においても心理学・行動科学のディスプリンを応用することで、慢性疾患患者だけでなく、さまざまな対象・領域において「変容」を生み出す活動を行っています。

1. QOL・心理的適応の評価に関する研究

心理計量学的方法を用いて、複数の心理評価尺度の開発に携わりました:がん患者の心理的適応レベルを測定する尺度として「進行がん患者のセルフ・エフィカシー尺度(SEAC;平井他, 2001)」、「がん患者の心配評価尺度(BCWI;Hirai et al., 2008)」を開発し、多くの病院で利用されています。また、ホスピス・緩和ケア病棟でのケアの質を定量的に評価するために、全国のホスピス・緩和ケア病棟を利用した遺族を対象とした「ホスピス・緩和ケア病棟のケアに対する評価尺度」(CES)を日本で初めて開発し妥当性・信頼性の検討を行いました(Morita, Hirai et al, 2004)。さらに、終末期のQOLの概念(平井,2004)を明らかにするために、患者・家族・医療従事者を対象に面接調査を行い(Hirai et al, 2006)、この知見を元にした量的調査によりGood Death Inventoryを開発しました(Miyashita et al, 2007)。

2. がん患者の受療行動のメカニズムの解明に関する研究

Trans-theoretical ModelとTheory of Planed Behavior等の応用行動理論を用いて、がん医療における最適な補完医療を実現のための基礎的な知見を得るため、がん医療の受療行動とその意思決定に関する実証的研究を行いました(平井,2005)。まず、肺癌患者の外来化学療法の受療に対する意思決定について質的研究を行い、外来化学療法移行に対する準備性のステージと、その恩恵要因と負担要因について明らかにしました(平井他,2005)。この結果に基づき、恩恵要因と負担要因を定量的に評価する尺度(肺がん患者を対象とした外来化学療法に関する意思決定のバランス尺度)の開発を行いました(荒井,平井他,2006)。また外来化学療法移行に対する準備性を予測する要因を多変量解析を用いて明らかにしました(Hirai et al., 2009)。 次に、がん患者の補完代替医療の受療行動について、3つのがん専門病院の患者を対象に質問紙調査を行い、補完代替医療受療の準備性の段階の分布を明らかにし、その背景にある心理的要因の関係について明らかにしました(Hirai et al., 2008)。この研究の成果は、「がんの補完代替医療ガイドブック」の内容の一部となり、広く配布されています。

3. 心理的適応促進ならびに行動変容のための心理・行動学的介入方法の開発

【乳がん患者を対象とした認知行動療法的介入(問題解決療法)開発に関する研究】

乳がん患者を対象に抑うつ・不安が軽減することが実証された精神医学的介入プログラムの開発(Hosaka et al., 2001)や、看護師に対しストレスを低減させる心理学的サポートグループ介入プログラムの開発(平井他, 2005)など、心理学的な介入方法開発の研究に取り組んできました。さらに、平成19年度から厚生労働科学研究費プロジェクトの分担研究者として、「問題解決療法」と呼ばれる心理学的介入プログラムを開発し、その有効性について実証的検討を行った。具体的には、乳がん患者を対象とした前後比較研究によりこの介入プログラムを受講した群の抑うつ・不安が有意に低減しました(Hirai et al., 2012)。この研究で開発した問題解決療法プログラムを実施するノウハウを伝えるために、問題解決療法に関するワークショップ(SOLVE Project)を東京・大阪で開催しています。がん患者だけでなく、うつ病の復職支援の事例も取り上げて、幅広い対象に使える汎用的プログラムとしての普及を行っています。 研究内容の紹介はこちら:2013年サイコオンコロジー学会発表ポスター

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【がん検診の受診率向上のための行動変容プログラム開発に関する研究】

平成20年度からがん検診の受診率対策に関する厚生労働科学研究費プロジェクトの分担研究者として、乳がん検診の受診率をいかに上げるかについての調査および地域住民を対象とした介入研究を行いました。行動科学のモデル開発に加えてソーシャルマーケティングの方法を応用し、調査により検診受診に影響する変数を特定し(Hirai et al., 2013)、心理・行動的特徴から一般市民のタイプ分けを試み(Harada, Hirai et al., 2013)、それぞれのタイプに応じた受診勧奨メッセージを作成しました。。その上で、ある地域住民を対象としてランダム化比較試験を行い、対象者の心理特性を考慮したメッセージによる介入を行った群では、コントロール群に比べて約3倍の受診率になることを明らかにしました(Ishikawa, Hirai et al., 2012)。この研究の成果は、複数の自治体の受診率対策の事業において活用されています。詳細については、大阪大学のプレスリリースを御覧ください。

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4. がん患者の家族に対する意思決定の支援に関する研究

平成20年度から厚生労働科学研究費プロジェクト「成人がん患者と小児がん患者の家族に対する望ましい心理社会的支援のあり方に関する研究」の主任研究者となり、成人がん患者と小児がん患者の家族を対象とし、意思決定場面での望ましい心理社会的支援のあり方を明らかにする一連の研究をおこないました。がん患者と家族へ面接調査を行い、家族と患者の意志決定を医療従事者が支援するためには事前のメリット・デメリットの十分な説明が重要となる事を明らかにしました。それらの知見を総合し、患者・家族、そして医療者を対象とした意思決定支援のためのパンフレットを開発しました(Yoshida et al, 2012, 2013; 武井他,2012等)。また、乳がん患者の配偶者を対象とした調査を実施し、配偶者の困難の内容を具体的に明らかにし、情報提供のためのWebサイト(BCFサポートプロジェクト)を構築しました。

5. 緩和ケア普及啓発に関する研究

厚生労働科学研究費第3次対がん総合戦略研究事業「緩和ケア普及のための地域プロジェクト」に分担研究者として参加し、緩和ケアのネットワークを全国4地域で導入するにあたり地域での緩和ケアの認知度を上げるための普及啓発事業を担当し、複数の調査結果を元に地域住民を対象とした普及啓発の介入研究を行いました(Hirai et al., 2011)。啓発介入単独では大きな効果はみられませんでしたが、介入全体としては、地域での在宅死亡率が有意に向上し、明確な効果が得られました(Morita et al., 2013)。プロジェクトは終了しましたが、介入の対象地域では引き続き、緩和ケアのネットワークが活動し、地域の緩和医療の質の向上に貢献しています。

6. メンタルヘルス受療行動の最適化を 実現する心理教育プログラムの開発

2012年度から科学研究費(基盤C)「メンタルヘルス受療行動の最適化を 実現する心理教育プログラムの開発」を取得し、精神科医療からカウンセリングサービスに至るメンタルヘルスの専門機関を受療する人々の行動のメカニズムの解明とその適正化を図るための教育・普及啓発プログラムの開発を、ソーシャルマーケティングの理論を援用して検討する研究に着手しています。この研究を発展させることで、メンタルヘルス・サービスを必要とする人が必要なサービスを利用できるようになると考えています。インターネット調査を実施し、量的・質的なデータの収集とその解析を行い、現在、その成果をまとめたメンタルヘルスサービス利用に関する情報提供を行なうWebサイトの構築を計画しています。

教育活動

 アメリカ心理学会の人材養成モデル(ボールダー・モデル)である「科学者実践家モデル」を拡張した「協働的科学者実践家モデル」に基づく心理学・行動科学の専門職業人を養成していくための教育を実践したいと考えています。「協働的科学者実践家モデル」とは、科学者と実践家の部分をそれぞれ50%となるような人材を均一に養成すにするのではなく、「10%科学者- 90%実践家」と「80%科学者- 20%実践家」のような多様性のある人材育成を行っていくことです。例えば、「10%科学者−90%実践家」とは、専門分野の学術雑誌を読み、理解し重要な点を把握できる実践家となります。一方、「80%科学者−20%実践家」とは、患者さんや現場の人の状況を正しく理解できて、その話に共感できる科学者のことです。さらにこの両者の交流の場を設定し、双方向コミュニケーションを図ることにより、両者が一つのネットワークを形成することで、チームとして50%科学者−50%実践家の人材として仕事をなすことができるのではないかと考えています。

協働的科学者実践家モデル

このモデルに基づき、大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの教育プログラムにおいて、ワークショップ型の講義である「医療対人関係論」・「クリニカルサイコオンコロジーの理論と実践」の2つの科目を開講している。「医療対人関係論」では、ゲストの講師も含めて認知行動療法・行動変容・問題解決療法について体験的・実践的な内容も含めて講義を行っています。「クリニカルサイコオンコロジーの理論と実践」では、精神医学・心理学的アセスメント(症例検討のグループワーク)・臨床研究の方法・質的研究法・がんの病理学・ソーシャルマーケティングといった臨床と研究の異なるトピックを多彩なゲストから実践的に学ぶことができるように設計しました。これらの講義は、公開講座として開講しており、医師・看護師・臨床心理士等の医療従事者を中心とする社会人の受講が毎年多数あります。 現在、「公認心理師法案」が国会で検討されていますが、幅広い領域でさまざまな職種との連携が想定される公認心理師の活動においてもこの「協働的科学者実践家モデル」による教育・研修の機会の設定が必要とされるのではないかと考えています。

■担当授業(2014年度)

コミュニケーションデザイン・センター(全大学院共通):医療対人関係論」「クリニカルサイコオンコロジーの理論と実践」

超域イノベーション博士課程プログラム(モジュール型):「問題解決技法」「ライフスキル・トレーニング(講義+合宿)」「ソーシャルマーケティング」「リサーチデザイン」「ソーシャルイシュー解決」「研究倫理」

医学部保健学科:「健康相談論」

医学部医学科:「臨床医学

関西学院大学社会学部:「臨床社会心理学」

略歴

昭和47年6月11日 山口県宇部市に生まれる
平成3年3月 山口県立宇部高校卒業
平成7年3月 大阪大学人間科学部卒業
平成9年3月 大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程 行動学専攻修了
平成9年8月 大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程 行動学専攻退学
平成9年9月 大阪大学人間科学部 助手
平成10年4月 近畿大学文芸学部 非常勤講師(平成17年3月まで)
平成15年4月 大病協看護専門学校 非常勤講師(平成17年3月まで)
平成17年4月 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 兼任教員
平成17年5月 国立がんセンター研究所支所精神腫瘍学研究部 外来研究員
平成18年4月 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 助手(派遣教員)
平成18年4月 大阪大学大学院人間科学研究科人間行動学講座 助手(兼任)
平成18年4月 大阪大学大学院医学系研究科生体機能補完医学講座 助手(兼任)
平成18年7月 和歌山県立医科大学 非常勤講師
平成19年4月 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター/人間科学研究科/大学院医学系研究科 助教
平成23年5月 大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室 統括マネージャー補佐/講師
平成24年2月 大阪大学大学院医学系研究科生体機能補完医学講座 招へい教員(臨床医学)
平成24年4月 大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室/未来戦略機構第一部門(超域イノベーション博士課程プログラム) 准教授
平成25年8月 大阪大学未来戦略機構戦略企画室(兼任)
平成26年8月 大阪大学未来戦略機構次世代研究型総合大学研究室 准教授

研究業績

研究者総攬

2014年度版CV

科研費取得状況 → 科研費データベース

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