医療心理学・行動医学に関するネットワーク

協働的科学者ー実践家モデル「10%科学者や20%実践家がいてもいい」

GRAPPOは研究室という単位ではなく、いろいろな所属の人たちでチームをつくり実践と研究活動を行っています。 GRAPPOのもっとうは、科学的であることと実践的であることを同時に満たしながら、チームで仕事をこなしていくことです。心理学には、「科学者ー実践家モデル」という教育モデルがあります。GRAPPOで行っていることは、このモデルを「協働的科学者−実践家モデル」に拡張したものであると考えることができます。それについて、雑誌Communication-Design2に書いた論文を紹介します。

協働的科学者実践家モデル

 協働的科学者−実践家モデル「10%科学者や20%実践家がいてもいい」

平井 啓

 チームで研究する

筆者は現在、厚生労働省科学研究費補助金から助成を受け、「成人がん患者と小児がん患者の家族に対する望ましい心理社会的支援のあり方に関する研究」班という研究グループを組織して研究を行っている。この研究班は主に、成人がん患者家族と小児がん患者家族の心理社会的側面に焦点を当てた研究を行っている。研究班には複数の研究チームがあり、主に心理学を専門とする研究者と臨床の医療者が連携して、それぞれが設定したテーマについて活動を行っている。

その一つに、移植医療を受けた小児がん患者の家族をテーマについて取り組む研究がある。このテーマは、患者だけでなくその兄弟、両親といった患者を取り巻くさまざまな立場の人の意見やその時体験した感情を抽出し、体系化することを目的としている。そのため、通常の医療者だけでは行うことの難しい、時間をかけた面接調査やその質的データの解析など専門的知識を使った研究を実施しなければならない。そのため、多職種による研究チームを構成することになった。この研究チームは、小児科医2名・病院の臨床心理士、心理学の研究者(筆者を含めた2名)、心理学を専攻する大学院生(2名)により構成されている(チーム全体で2名が遠隔地在住)。まず、主に現場の小児科医と臨床心理士が普段の臨床の中で困っていることをもとに研究テーマを決めることとなった。これに対して、これまでさまざまな医療現場における心理的問題について量的あるいは質的な方法論を用いて研究を行ってきた筆者らはが方法論を提供することになった。その結果、移植医療を受けた小児がん患者の家族、主にきょうだいと母親を対象にインタビュー調査を行うことなった。このインタビュー調査は、小児がん医療に非常に大きな関心と情熱を持つ大学院生が担当することとなった。このようにして、一つのテーマに取り組む一つの研究グループが出来上がったのである。そこでの筆者の仕事は、大学院生に方法論的なアドバイスをし、動きやすい環境を作ったりと同時に、臨床の医師、心理士との共同して臨床研究の研究計画を現場の倫理委員会へ提出したりといったことである。このように研究チームでは、複数の職種のそれぞれのメンバーが機能と役割を分担し、主にネットワークを使った情報交換により一つの課題を解決すべく動き、着実にその方向へ進んでいる。

 

多職種連携のためのモデル 

この研究チームでの活動から見えてくるのは、「異なるバックグラウンドを持つ人々の連携のためのネットワーク構築」という点で共通したノウハウ、つまりメタ的な方法論が存在するのではないかとということである。もしそのような方法論を抽出したりモデル化したりすることができれば、今後の多職種協働やさらにはさまざまな種類の協働作業に対して大きな示唆をもたらすのではないかと思われる。そこで、まず筆者の専門である心理学の現状とそこでの教育モデルを例に考えてみる。

 

臨床と研究の乖離

現在の日本の心理学をおおざっぱに2つに分けると、臨床心理学を中心とし、心理学の知識と技術を用いて実際に現実世界での問題解決を図る(心理的問題を持った人への援助を行う)心理学と、実験心理学を中心とし、現実世界での現象から人間の心の世界についての学問体系を構築するさまざまな種類(認知、記憶、行動、学習、発達、教育等)の心理学にわけることができる。つまり現実世界での出来事を抽象化していく方向と、抽象化された理論や原則を現実世界に当てはめるという2つの方向がある。本来であれば、この大きく方向性の異なるものが一つの円環を構成することにより、社会に対して機能的な関係を作っていくことが理想である。しかし
、現実的には、学問のこの2つの方向性の間には大きな乖離が存在し、お互いにそれぞれの方向性を極めるように動いているようにみえる。例えば、理論を作ることのみを目的とした実験が行われたり、基礎的な研究成果を考慮しない独自の理論を用いた実践が行われていたりする。

教育においてもその構造が反復されている。学教育においても基礎心理学を中心とするカリキュラムでは、研究者養成以外の教育が苦手でありその中心である科学性を実践者に伝えることが難しい。一方で、臨床心理士という職業資格を習得するための教育カリキュラムが設けられたところでは、臨床心理士資格取得という実践家養成以外のことが苦手である場合が多い。このような教育における2極化は人材育成の現場に影響している 例えば、筆者が研究と実践で関連しているがん医療の領域では平成18年にがん対策基本法が制定され、その実施のための施策のひとつとして、がん治療の拠点となる病院に、「医療心理に携わる者」を配置することが望まれている。これにより多くの心理学の実践家が、がん医療の現場に入ってくることになったのである。しかし、他の医療者との情報交換と共有に必要な科学的な知識を十分に持っていない場合が多く、他の医療者から必要とされている人材が足りないとおもわれていたり、本人にとっては、この現場で何をしていいのか分からないと思っている場合が多いようである。このように

 

科学者であると同時に実践家であること

一方でアメリカやヨーロッパの心理学では、「科学者-実践家モデル(scientist-practioner model)」というモデルが究と実践を統合する学問体系・教育体系のモデルとして提唱されている。これは、もともとアメリカ心理学会(American Psychological Association; APA)が、職能心理士(Professional psychologist)養成のための教育モデルとして提唱したものである(Drabick & Goldfried, 2000)。このモデルは、第2次世界大戦後の退役軍人の心理的ケアの必要性から精神科医の不足を補う専門家の養成が必要になり、提唱されたものである。しかしながらその後、実践と研究の溝は大きくなり、科学者と実践家養成のための教育プログラムはそれぞれ別々に発展してきた。しかし、心理学的実践活動の説明責任といった社会的要請により21世紀になって再び見直されるようになった(Drabick & Goldfried, 2000)。これは、先に示した我が国のがん医療における状況と似たような状況なのではないかと思われる。

この教育カリキュラムにおいては、心理学の専門職業人を養成するために、科学的研究の方法論などの科学的な基礎のトレーニングが提供されると同時に、臨床現場での実践家としてのスキルを身につけるためのトレーニングも提供される。日本においても、医師養成のための教育カリキュラムもこの科学者-実践家モデルであるとみなすことができる。医学部の教育課程においては、生物学を中心とする科学的な知識の習得がまず求められ、医師免許取得後は、臨床家としての実践者教育が、インターンやレジデントといった研修医制度により行われる。また基礎的な研修を行った後、研究者を目指す医師は、大学院にて基礎的な科学的実験を中心とする研究を行い、学位を取得する。このモデルは、実践のための科学的研究を行い、科学的根拠に基づいた実践を行う人材の育成が意図されている。

このモデルによる教育を受けた全ての専門家が科学者であり実践家であったとすると、実践と科学が統合され、実社会での実践や臨床の現場と学問の世界で行われる研究がスムーズに融合するのかもしれない。しかしながら、現実には、1人で、科学者50%で実践家50%の人材だけを養成するのは難しいと思われる。さらに、現在の日本の教育環境とリソースを考えると、例えば完璧な臨床ができて、年に何本も学術論文が書けるような全てができる完璧な人間だけを育てるのは不可能ではないであろうか?

 

10%科学者、20%実践家という提案

そこで提案されるのは、「10%科学者-90%実践家」と「80%科学者-20%実践家」のような人材育成を許容することである。「10%科学者-90%実践家」とは、その専門とする分野の学術雑誌が読めて、そこで何が重要かを理解できる実践家のことである(学術論文が書ける必要はない)。一方で、「80%科学者-20%実践家」とは、患者さんや現場の人の状況を正しく理解できて、その話に共感できる科学者のことである。この人は、それ以上は何もする必要はないが、現場の状況にあったリアリティーのある理論を作成できるような人であればいい。これは、実践家教育の中に、最低限の科学的知識を獲得するためのカリキュラムを導入することや、科学者教育の中に現場の実習カリキュラムを導入することで比較的容易に実現できるのではないかと考えられる。さらにはこの両者が出会う機会や場を「デザイン」することができれば、互いに重なる部分を使って科学者の部分と実践家の部分の双方向でコミュニケーションを行うことが可能になる。つまり、「10%科学者-90%実践家」と「80%科学者-20%実践家」とが協働して働くことができるようにこの両者をネットワーク化することである。この両者のネットワーク化によって、一つのネットワークとして、50%科学者-50%実践家の人材

コメントを残す