医療心理学・行動医学に関するネットワーク

JC: Dignity Therapy-Family Member Perspectives

ジャーナルクラブ(JC)は、各GRAPPOメンバーが特に興味深いと感じた論文を皆様にご紹介しながら、
自分の考えをお伝えするカテゴリーです

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Dignity Therapy: Family Member Perspectives
Susan McClement, Harvey Max Chochinov, Thomas Hack, Thomas Hassard, Linda Joan Kristjanson, Mike Harlos. Journal of Palliative Medicine. October 2007, 10(5): 1076-1082.

終末期患者の中には、避けられぬ死を前に、これまで歩んできた自己の人生、そして自己存在そのものに価値や意義を見失い、心理社会的・実存的苦痛を感じる場合がある。そして、この終末期患者の心理社会的・実存的を緩和する精神療法の1つとして、Dignity Therapy(ディグニティセラピー)がある。ディグニティ・セラピーでは、治療者が共同作業者として、患者と「尊厳の感覚」を構成するテーマ1(例:「大切な人に伝えたいこと」「大切な人に望む希望や夢」「大切な人へのアドバイス」「家族に残しておきたい言葉」)について話し合われる。そして、患者が「自己の尊厳」を肯定的に表現できるように治療者が患者の「世代継承性」を支える中で得られる逐語記録された面接内容から、編集・文書した記録(永久保存記録文章)が作成され患者に贈られる。また、作成された永久保存記録文章は患者の家族や周りの者に渡させる場合もある。

ただし、このディグニティ・セラピーは、患者の無力感や絶望感などを和らげ、「尊厳の感覚」の回復をもたらすだけでなく、永久保存記録文章が家族にとってかけがいのない「ギフト」となり、家族のグリーワークの支えになると考えられている2,3。しかしながら、ディグニティ・セラピーに関しては、患者本人への効果といった視点から議論されることが多く、ディグニティ・セラピーが家族(遺族)に及ぼす影響について実証的に検討した研究はほとんどなされていない。

こういった状況の中、終末期において家族がディグニティ・セラピーに参加したことを死別後の遺族がどのように評価しているのかについて実証的研究を行ったのが、McClementら(2007)の論文「Dignity Therapy:Family Member Perspectives」である。この研究では、ディグニティ・セラピーに参加した終末期患者100名の家族(遺族)に対して質問紙調査を行われたものであり、そのうち60家族(死別後8~19カ月経過)から回答が得られた。その結果、1)ディグニティ・セラピーが患者に及ぶす影響として、①95%の遺族が、ディグニティ・セラピーが患者の助けになった、②78%の遺族が、ディグニティ・セラピーが患者の「尊厳の感覚」を高めるのに役立った、③72%の遺族が、ディグニティ・セラピーが患者の存在意義や価値を高めるのに役立った、④65%の遺族が、ディグニティ・セラピーが患者自身の死の受け入れに役立った、⑤65%の遺族が、患者への他の側面のケアと同様にディグニティ・セラピーが助けになった、⑥43%の遺族が、ディグニティ・セラピーが患者の苦しみを和らげた、と認識していた。また、2)ディグニティ・セラピーが遺族自身に及ぶす影響としては、⑦78%の遺族が、ディグニティ・セラピーで作成された永久保存記録文章の存在が、死別後の深い悲しみの期間において助けになった、⑧77%の遺族が、ディグニティ・セラピーで作成された永久保存記録文章が遺族自身や家族の安らぎの源になっている、⑨95%の遺族が、ディグニティ・セラピーを他の終末期患者に勧めたい、と認識していることが明らかにされた。これらの結果から、McClementらは、ディグニティ・セラピーは、終末期の患者家族(遺族)からも、死別後の悲しみを柔げ、終末期の患者の苦しみを軽減させる心理療法であると支持されたと結論づけている。

McClementらの論文は、家族の視点から、ディグニティ・セラピーの患者・家族双方の効果について実証的に検証した点において大変、貴重な資料といえる。ただし、この論文では、このディグニティ・セラピーの有効性を論考しているだけでなく、ディグニティ・セラピーを行う上での問題点や配慮を要する点が論考されていることについても注目すべきである。例えば、ディグニティ・セラピーを行う際、援助者側には、患者・家族の安心と安全を保障した「尊厳の感覚」を支える能力が要求されるだけでなく、永久保存記録文章を作成するために録音された面接内容について家族からの開示依頼があった場合、治療者そして治療を提供する組織全体として、家族(遺族)にどこまで開示すべきか(開示範囲とその妥当性)についていかに判断を下すのかといった倫理的問題などが挙げられている。また、全ての患者がディグニティ・セラピーを受けたいと思うわけではなく、セラピーへの参加を拒否するケースも存在すること(McClementらが、論文中で紹介している現在進行中のディグニティ・セラピー研究における拒否率は11.5%を占める)、そしてセラピーに参加する患者には文化的背景があること(上記、現在進行中のディグニティ・セラピー研究参加者の特徴として、白人、アングロサクソン系、プロテスタントを挙げている)を指摘しており、ディグニティ・セラピーに関しては、文化的背景とその適性について検討する必要性が考えられる。

今後、日本においても、終末期患者が抱える心理社会的・実存的苦しみに対して有効な精神療法として、ディグニティ・セラピーへの注目が高まるかもしれない。当然、日本でもディグニティ・セラピーが有効に作用するケースが存在することは確かであろう。ただし、それと同時に、McClement ら が指摘するようなディグニティ・セラピーを行う上で問題となる点や配慮すべき点について十分に議論を重ねた上で実施されることが前提とされる。また、この患者の「尊厳の感覚」を即、ケアの対象として捉えるのではなく、欧米とは異なるコミュニケーション様式(「明確な言葉を語らずしても相手に思いを伝える、あるいは伝え返す」)を持つ日本文化において、「尊厳の感覚」が死期を意識した終末期患者・家族間で共有されるコミュニケーション内容の中で、どのように語られているのかについて明らかにすることも必要ではないかと考える。そして、医療従事者が終末期患者・家族に行う日常の心理社会的ケアにおいて、この患者・家族双方の「尊厳の感覚」をいかにして支えていくことがより望まれるのかについて検討することが望まれよう。

参考文献
1)栗原幸江 2009「ディグニティ・セラピー」Q&A 緩和ケア,19(1),67-72.
2)Chochinov HM 2002 Dignity-conserving care- A new model for palliative care, JAMA, 287,2253-2260.

(文責 大阪大学人間科学研究科 博士後期過程 中里)

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